世界に誇る京都の文化

2014年3月16日(日)
宇治の朝日焼きを尋ねる

宇治にある朝日焼の窯元を訪ねる。
学生時代から焼き物の好きだった私は、京都から自転車でも行ける朝日焼の窯元には、実は行っていました。
その後、時は流れて(もう遠い昔・・・)、今の職業になって、京都を拠点とするようになって、朝日焼の窯元を訪れたのは、お茶会が催された時。
ご存じだろうか。宇治の朝日焼というのは、遠州七窯の一つとして、茶道の道具としての焼き物を代々制作してきた窯元である。
その歴史はほぼ京都市内にある楽家に匹敵し、茶碗の歴史では永楽よりも古い。
朝日焼の特徴は何よりも土の内部から発する炎の痕跡のような斑点であり、古くからこの緋色は焼き物の世界で珍重された。
昔は、そのような発色のメカニズムが分かっていなかったために、窯の中で偶然条件を満たした時に発色が生じる、緋色の斑点は、御本と呼ばれ、あるいは藩師と呼ばれるなどして、特に珍重された。
宇治周辺で取れる陶土はこの御本の発現に適した条件を満たしていたのだろうか、今でも、その斑点こそが朝日焼の最大の特徴である。
今では科学が発達し、こうした発色のメカニズムも解明されてきた。それでも40%の確率で発色の結果が分かるに過ぎないと言う。最後は窯の神様が決めること、これだけ科学の進んだ世の中にあって、このどこかしら人間くさいところに安らぎを感じるのかもしれない。
窯に火を入れる前に、必ず神様に祈願するという。窯の前には火の神である愛宕信仰の御札が祀られている。

ところで、先程から朝日焼と呼んでいるが、実に、この朝日焼は、450年以上の昔から、一つの家系がずっと今日まで守り続けてきた。
その伝統と歴史の重みは、常人には計り知れない。
京都の伝統産業というのは、こうした家業の歴史と伝統を自分の代で絶やさないという使命感によって今日まで連綿と引き継がれており、あらゆるところで感心するが、とりわけ、同一の技術を持つ産業が一つの家系により次がれたというのは、歴史の長い京都でもあまり聞かない。
朝日焼も当代は15代である。私は縁あって当代のご子息である兄弟両名と知己を得たが、長男が朝日焼の次期当主、次男はなんと硝子工芸作家である。
物作りの家系に生まれ土と火から物を生み出すという伝統は両名に伝わったらしく、その伝統の責任の重さを真正面から受け止めながら、それを楽しんでいるところもあるように見える。
実は、家業として一つの産業を守り続けてきた家系は大体どこも12代から15代の間に収まるんですよ。次期当主の松林佑典氏は言う。無論、それぞれの代には短命の人も長寿の人もいる。しかしながら、長く代を重ねるとやはり平均的な代替わりの年数に近づいていくのだそうだ。
1代を30年3代で100年というのが単位になっているが、これが当てはまること自体が、一つの産業を家業として守り続けてきた長い歴史を意味していると言って過言ではない。
さりげなく語るその言葉に歴史と伝統の重さをかいま見る気がした。

Today I'm introducing Asahi-yaki. As we learnt before,"-yaki"means pottery in Japanese.Asahi-yaki in which "asahi"means sunshine in the morning,we don't know why it is named after so.
But on its surface,there are many red dots just like fireworks.One of my friends who determined to be a descendant of his family business since he was born as first son,told me that according to many years of research,now we can presume those dots on surface will appear or not for around 40% sure.
How do you feel about his word? do you think it's not reliable if only 40%.Maybe that is a reason why we are attracted to those pottery.Because they are not for certain if they can make potteries as they are hoped,they believe there is a god in kiln.As you can see picture left below,there is a charm of Atago shrine.which is known as
god of fire.

400years ago when his first anscestor made pottery in Uji,where they run their family business since then,It is so hard to make dots design naturally comes from inside of cray. Because they didin't know why or how those dots come from.
maybe 1outo of 1000 becomes the one he was asked for.
 Those dots are now named after the point of deer.
To those who are not quite familiar with Japanese poem(consisted 31 words).why Uji and deer are so matched.For your own investigation,I shold leeve it unexplained.
But you've got to see those tea bowls with red spots or dots filled with geen tea. dontrast of beige bowls and green tea are so colorful,very natural and of course color of nature.
It is very relaxing.
For sightseeing information,there is a famous temple called "Byodo-in temple"which was build in Heian-era or around 1000years ago.It is also known as printed on 10 yen coin.
Uji is also known as Uji tea, powdered tea for japanese tea ceremony.
You can find many tea shop.

 朝日焼さんのHPはこちら(For HP press here)
 

2014年2月4日(火)
京田辺玉露について「舞妓の茶」さんに聞く

京田辺玉露というのをご存じだろうか。
おそらく今はまだ、それほど知名度も高いとは言えないだろう。
しかしながら、近い将来、産地と商品が合わさったご当地ブランドであるこの京田辺玉露は、お茶のトップブランドとして、広く認知されることになる。
そのために、自分たちに出来ることは何でもする。熱く語るお茶生産者がそこにいた。
舞妓の茶本舗の代表取締役である田宮氏と知己を得られたのは、隣接する城陽市において、代々料理屋を継承する友人を介してである。
私が、自身のHPで京都の文化を紹介している。ついては、お茶のことについて尋ねたいので、アポイントを取りたいと告げたところ、快諾していただいた。
しかも、同社商品の中で、最高の技術を持つ職人が、自身の目が届く限度において管理する畑で、水、肥料全てに渡り管理し、栽培するお茶の葉のみを用い、さらにそこから蒸し、手もみ、板ずりに至るまで全ての工程を行う最高級品種のお茶を用意してくれていた。
読者の皆様、これが役得というものです(笑)
さて、今の話の中で、いくつか専門的な用語が出てきたと思います。実は私も話を聞くまでは知りませんでした。
田宮氏のお話をきちんと私が覚えているのか、という疑問も不安もありますが、私が覚えている範囲で解説いたしましょう。
まず、お茶の葉、私は京都に住んでいて、郊外にも自転車でよく出かけますので、茶畑というものがどういうものかは見て知っています。
知らない人も多いでしょうね。まず、お茶の育て方で、玉露といわゆる煎茶というものが区別されます。煎茶というのは煎じるお茶と書きますが、製造工程ではなく栽培の時点での区別に由来するようです。
両方とも同じ植物品種の「茶」ですが、玉露は、お茶の木に日光が当たらないように黒い覆いを被せてしまいます。
植物にとっては日光が当たらないというのはストレスで、多くの植物はストレスを感じると甘みが増します(私の実家は果樹農家ですので、この辺のメカニズムはよく分かります)。
科学的にはテアニンが増加し、タンニンが減少するらしいんですが、そんな専門的なことはさておきましょう。
で、このお茶の葉を摘むんですが、放っておくと、お茶というのは発酵してしまい、そのままウーロン茶になって最後に紅茶になります。
いやー衝撃ですね。お茶とウーロン茶と紅茶は同じ植物から出来て居るんですよ(厳密にはそれぞれの製品に適したお茶の品種というものがあるんだそうですが、基本的には日本の緑茶もウーロン茶や紅茶に出来るそうです。美味しいかどうかはさておき)。
で、日本茶はなんと言ってもその緑色が肝ですから、発酵が進んで黄色や黒色になってもらっても困る訳で、発酵を止めます。
昔から発酵を止めるというのは加熱するということです。これが蒸すという作業でもたらされる訳です。
次にもむという作業、茶もみって聞いたことある人も中には居ると思うんですけど、この作業が何のために行われているか知っている人は少ないかも知れないですね。
渋、つまりアクを抜く作業です。この茶もみには機械によるのと職人の手作業によるのとあります。
冒頭の最上級玉露は当然、職人の手によるものです。人の手、長い歳月を掛けた職人の技術には、機械は到底及びません。もちろん素人がする手もみより、機械の方が圧倒的に上手です。でも、その機械すら、職人の長年の経験と勘には絶対勝てないのです。
この事実がもたらす、茶製造業が持つ長い歴史の中で培われた技術、その技術をさらに各世代において継承し、自らもその技術と勘を高めてきた職人の生き様、そんなものもお茶を頂きながら感じました。
最後に、美味しく玉露を頂く時のお湯の温度ですが、何度だと思います?私も玉露は低い温度で淹れると聞いていたので、70度くらいですか?と聞いてみました。出発点は100度ですから。田宮氏は私の言葉を聞いて、とんでもないという顔をしました。
玉露を淹れる時のお湯の温度は40度から50度です。ちょっと熱いお風呂と同じ温度ですね。で、なぜそれほど低い温度で淹れるのかというと、茶葉が早く開きすぎないようにという理由だそうです。
香りが飛ぶのかと思ったのですが、大きな理由は茶葉がゆっくり開かないとお茶の味が十分に出ないそうです。で、そうやって淹れていただいた玉露はもう目から鱗ですよ。お茶が甘いんです。
この玉露、私が頂いたものは100gで2万1000円です。この値段はまあおいといて、玉露って一般的に煎茶よりも高いんですが、でも、私も教わって納得したんですけど、低い温度のお湯で淹れるお茶はお茶の葉がすぐに開ききらないので、何度も点て出すことが出来るんですね。
4,5回お湯を替えることが出来て、30mlくらいの汲み出し茶碗で1回あたり4,5人分、それが4,5回なので、喫茶として十分な量なんです。
100g2万1000円のお茶でも、1回あたりに使用するお茶の量は10g2100円くらい。実はこれって、そこそこの紅茶の値段と大して変わらないのです。ウーロン茶に至っては、この何十倍というものがザラにあったりします。つまり、お茶は決して同種の嗜好品である紅茶、ウーロン茶に
比べても高い飲み物ではないのです。ところが私自身も否定出来ないのですが、日本人はお茶があまりにも身近な飲み物過ぎたため、お茶の価値を低く見ているのです。むしろ、そうした偏見のない外国の方は、お茶の価値を正当に評価しています。
京田辺の正直周りには何もない田んぼのど真ん中にある舞妓の茶本舗の会社ですが、そのような場所へ海外から客が頻繁に来訪するそうです。もちろん、お茶を求めて。そして通販も行う同社の売上における海外からの注文が占める割合は決して低くありません。
日本人が正当に評価しないお茶の価値を海外の人の方が認めているのは日本人として少し悔しいですね。今日から日常飲むお茶も少し低めの温度のお湯で時間を掛けてうまみを出して、飲むようにしたいと思います。

Today I'm introducing japanese Tea.Yes japanese green tea.What do you know about green tea.I bet even if you never taste green tea,you must have tasted tea maybe chinese tea(another name Oolong-tea)?Well those are all same.
Not exactry same because there are species suited to planted area and therefore its cultural background.But they are botanically same or at least familiar species. What makes differense?It comes from when to stop fermentation.
About japanese tea,makers start steaming tea right after harvested. If you leave tea leaves for while,without steaming leaves start fermenting and became oolong-tea,and if you keep going it finally becomes (indean)tea.
Have you ever heard "Uji Tea"?If you are interested in japanese tea,or tea ceremony,you might have heard about it.That name "Uji"comes from the name of city city famous for planting tea.And that city locates in Kyoto pref.
The person I interviewed  is not a citizen in this city.But,he says,the famous Uji Tea is not planted in Uji city in these days.His shop is not located in Uji city either.It is Kyo-tanabe where he lives.And people who read my articles already know that "Kyo"means kyoto.
Yes the city Kyo-tanabe locates south area of Kyoto city and one of cities in Kyoto prefecture.And prestige class of japanese tea made in this city is called "kyo-tanabe gyokuro".Its kind of AOC or apperation d'origin controlle just like those in France.
Mr Tamiya one of my friends is a maker(not farmer) who makes tea (producted).
Among his products one  named"Yashiki no cha"(or tea of house , literal meaning) is the one with highest quality not only among his but also in Japan.which means he makes the tea of best quality.And I was so lucky to have that when I interviesed him.
That experience is never forgettable,as you can see that I'm Japanese(of course),I can't count how many times I drink tea in my life.But I can say that tea,"yashiki no cha" is the best I ever had.How best? It tastes sweet.Its kind of weird to use the word sweet but I don't
 see any bitter taste like other tea.It is mostly because pouring water with lower tempreture around 40 to 50 degrees(in Celcius).And there is another bright side of this lowering tempreture of water and that is you can repetedly refill the pot. several times, very economic.
Thinking of refilling the pot several times,and its taste,That tea, even costs 200dollars(not including tax) per 100g, is still reasonble.And I'm not the only person to think so.There are a lot of vistors from overseas to his shop.Do you know where his shop is?
Its almost "in"the mountain.country side and nothing around.His shop locates in the middle of field and very narrow road for a normal car.But to that inconvinient place many people abroad go visit him for his products and of course he ships his products overseas too,his products are
more famous in foreign countries than in Japan.We Japanese must feel ashamed that we could not valued our own culture which lies in right front of our eyes

 舞妓の茶本舗さんのHPはこちら(press here for his HP)

2014年2月2日(日)
松花堂弁当とは

料理もまた文化であり、工芸であると思うので、一応京都の料理についても、紹介します。
和食の世界文化遺産登録もありましたことですし。
一応、このブログは海外からの観光客に京都に興味を持ってもらいたいと思い、いわゆる知識ではなく一個人の目線での紹介を目標にしてます。
で、和食京料理といったところで、一つの記事で埋められるほど、底の浅いものでもないだろうし。
和食、のなかの自分的切り口で紹介できたらいいなと思うのです。
で、和食、やっぱり旬の良い食材を使って丁寧に仕事した料理が高いのは当たり前のことで、懐石料理1万円なんてザラ。
やっぱりそういうのは敷居の高いものです。
そこで、オススメしたいのがお昼の松花堂弁当。これ、お弁当箱という一つの空間の中に、懐石料理の神髄が詰まっていると考えるとお得に聞こえる。
縦横に仕切られたお弁当箱にお料理が詰められています。
で、私が考える「これが松花堂弁当だ」というのは4つのうち3つの仕切りに、お造り、焼き物、煮物が入っていることが約束事だと思います。
これには意味があって、お造りで仕入れの良さを、煮物でお店のお出汁の味を、焼き物で食材に火を通す料理人の技術を、そこには料理人の評価につながる全てがあります。
だからこそ、料理屋さんは松花堂弁当もお店の顔として真剣に調理しているのです。
お店でこれ見よがしにうんちくをたれると嫌われますが、そのような視点で松花堂弁当楽しんで見られてはいかがでしょう。
松花堂弁当の美味しくない料理屋の夜のコースが美味しいはずがありません。
松花堂弁当に感激したら、夜のコースはきっと忘れられない料理になると思います。
あと、左下の写真はご飯と椀物がお弁当箱と別に付いてきています。
先程、松花堂弁当の定義につき4つのうち3つはと言いましたが残りの一カ所(写真では胡麻豆腐が入っているポジションには、ご飯物が来るのが一般的だと思います。
ご飯を別の椀に盛りつけるのは本来の茶懐石に近いと思います。お盛り替えをいただけるのは嬉しいですが。
また、椀物は懐石でもっとも重視される一品です。松花堂弁当はもともと弁当ですから、アウトドアでいただくことも想定された料理です。
お椀があるのは店内で食べる今のスタイルでこそ、で、全ての料理屋さんで松花堂弁当にお椀が付いているということでもないと思います。
それでも、和食というのはお出汁の料理ですから、これこそが店の料理人の看板です。
椀付きの松花堂弁当があれば、お手軽に懐石料理をいただいているのと同じだと思って下さい。
写真のは、松花堂庭園内の吉兆の松花堂です。松花堂弁当のルーツから考えるとこのお店の松花堂弁当を紹介するのが一番無難でしょう。

Today I 'm introducing Japanese lunchbox called "Shokado Bentou".I say Cooking is culture and craft too.
"Shokado "lunchbox was named after famous buddist monk.In his era that box(pictured above) was stationery and a person first to use that container for lunchbox is a founder of one of famous Japanese restaurant "Kiccho" ,
There is a rule if one must call those kinds of lunchbox as "Shokado",it must have four section devided by partition both vertical and horizontal.
Why four? I think there is a reason for that number too. In three out of four,the dish must be Sashimi(in English it's same isn't it?),grilled dish,boiled dish.As you can see, using different method of cooking to each dishes,the lunchbox reperesents cook's skill,restaurant's quarity all together.
So if you have chance to visit Japan, You may willing to go to Japanese restaurant at night.
But in those restaurant, dinner in course  will costs you a lot, 100 dollars or even more. So I strongly reccomend you to go at lunch time if you have desided to visit one of these kinds of restaurant.Because in these lunchbox,you can find every method of cooking every kinds of materials,and all of cook's skill.
If you find that linch is good,then you make an appointment at dinner.Usually,those restaurant requires appointment.But in lunchtime you may have those lunch without appointment much easier to try,and cost you a little more reasonable(around 30 to 40dollars still expensive?).
Also if you have a chance to add "wan-mono"or bowl-dish(in black bowl pictured below) with or without additional fee, you must have one.
That's the reason Japanese style dishes are to be resistered as world heritage of Unesco.

2014年1月21日(火)
清水焼(京焼)の交趾(こうち)について、伊藤南山さんに聞く

長らく、更新の途絶えていたこのシリーズ、久々に更新出来るのが喜ばしい。
というのも、陶芸家の伊藤南山先生の知己を得ることが出来、工房への訪問にご快諾いただけた。
伊藤南山先生は、京都の陶芸家が多く集まる東山区泉涌寺界隈に工房をお持ちになり、清水焼(京焼)を作陶されている。
中でも、交趾と呼ばれる光沢のある釉薬による作陶を個性としており、自身のお名前の南は安南(ベトナムの一地方の古い呼称で。我が国に交趾が伝来したのはここからと言われているらしい)から名付けたそうである。
いや、てっきり茶道もされている氏のことだから、福東海寿南山から採用されたのかな、と思っていたが、氏に尋ねると、後で知ったとのことである。
まあ、伏見区にほど近い東山区泉涌寺界隈は、京都、特に内裏から見れば南であり東山三十六峰の麓でもある訳だから、後で知ろうとなんだろうと、運命が呼び寄せた名前なのかもしれないと、聞いていて思った。
ここからは、清水焼の中でも、交趾と呼ばれる釉薬(またはその釉薬を使った焼き物全般をこのように呼ぶ)について話を進める。
清水焼全てを一人の陶芸家をして語らしめるのは不可能である。清水焼というのは、京都市東山区にある清水寺一帯が焼き物の産地であったために、京都で製造される焼き物に一般的に用いられるが、私はおおむね、清水焼と呼ばれる場合に、楽焼と呼ばれる陶器と対比される堅く焼き締めた磁器を指すものと思っている。
しかし、その磁器ですら、我が国において焼き物の技術が完成した時代は、安土桃山時代であり、このとき政治と文化の中心は京都であった。
そのため、あらゆる焼き物が京都に集まり、中には当然舶来の焼き物もあり、いかにして国内の技術において再現するかということが京都の職人に求められてきたのである。
したがって、一口に京焼(清水焼)と言っても、その種類はたくさんあり、その一つ一つにその技術を極めるために、その生涯を賭ける職人が居るのである。
今回、伊藤南山先生を含め交趾を手がける陶芸家も京都には何人もおられる。しかしながら、氏ほど多種多様の交趾の釉薬(色)を扱う陶芸家を私は知らない。
私が最初に投げかけた質問もこの色の多さであった。
その質問に対する答えの一つが写真(左上)である。その容器に入っているのは、全て交趾の顔料である。
写真に写っているだけでおよそ20種類、きっと他にもあるのだろう。
知らない人のために説明すると、桃山時代にある本家の交趾にしても、それを再現しようとした京焼の交趾も、元々、緑、黄、青、紫くらいの色しかない。
そして、つい最近まで、その色の中で、交趾の作家はその表現をしてきたのである。
ところが、技術が進み、化学変化である釉薬の種類は試験場や個々の陶芸家の試みを通じて増えた。その中でも、さらに独自の調合と試作を繰り返し、圧倒的な種類の釉薬を使い、氏は作品を生み出しているのである。
私が氏の工房を訪れ、特に感銘を受けたのが赤色とオレンジ色である。
その赤色はいわゆる鉄さびの赤とも違う。オレンジに至っては、まさに夕焼けに映える東福寺の通天橋から望む夕焼けの中に紅葉が融け込むオレンジである。
氏は、そのオレンジ色をさらにグラデーションを付けて紅葉を抹茶茶碗に描き込むことによって、平面である茶碗の中に、奥行きのある紅葉を再現しており、また同じオレンジ色を使ってハワイのビーチを茶碗に描き込んでいた。
実物の写真は撮影していない。是非とも、自分の目で確かめて欲しい。氏の工房は京都市内からは決して近いとは言わない。しかし、陶芸という仕事の性質上、なかなか市街地中心でする訳にもいかないだろう。しかしながら、氏の工房がある東福寺は、通天橋から望む紅葉があまりにも有名すぎる観光地である。
混雑覚悟で、是非とも紅葉の季節に東福寺を訪れ、その足で氏の工房にも足を運んで見られてはどうか。
眼下に広がった紅葉の美しさを思い出させる茶碗の中の紅葉が旅の喜びを倍増させくれるはず。

It's been so long since I wrote last article.I'm glad to announce that I can add another articles thanks to make aquintance with Mr Nanzan Ito, one of potters in Kyoto which is known as most popular plase for making pottery and porcelain.
And among potters in Kyoto, he dedicate his life for making porcelain called "Coach"(just for pronunciation, name has nothing to with its literaly meaning.
according to his homepage, it's called so,because those are brought from "Coachshina"(for pronunciation,shina is china in real,meaning china too) another name for"An-nan"(old name for Vietnam).
By the way,his name Nanzan means southern mountain by its letter,But it was named after for different reason.
"nan"which means south was for "An-nan"'s "nan".
He chose the letter "nan" or south so that he can remind his entire work is to bloaden the horizon of "coach-yaki "a kind of kyo-yaki,or kyoto porcelain,known as Kiyomizu-yaki.
There are some ,not too many but some of potters who make same kind of porcelain just like him."Coach"is a name of coloring material or porcelain used that color material.Over 450years since the real "coach-yaki"was first brought to Japan in Azuchi-Momoyama era.,Conquerors were attracted to its color and order their craftmen to make same ones.
What makes him special in this porcelain-making,I think, is the number of coloring materials he use, He invented some of colors for his paintings on plates , tea bowls or others.
I visited his atelier and easily count his coloring materials up to 20 on his shelf(picture left above).
In his atelier,his assistant face their tasks very systematically.Those works together make very beautiful pictured porcelain.
But I don't have pictures ,not any of them,or I would not put them on my page even if I have them.
Because I want you to see them,with your own eyes.I can't tell you how wonderful those arts are from the picture.
If you have chance to visit him,I would like to recommend his pictured tea bowl especially used color red and orange.
those two colors are very odd in "coach-yaki".very odd because no one has it,except him.
And those two colors are used for drawing autamn leaf.
For your information,there is a tenple called"Tofukuji"about 5min from his atelier on foot where it is one of most famous sight in Japan ,sight of autumn leaf below Tu-ten bridge.
So when you visit Japan,visit Kyoto in autumn,it is good idea to visit Tofukuji and together visit to his atelier and recall your memory just you saw at tenple by looking at his pictures on tea bowl.

伊藤南山先生のHPはこちら(for his HP prss here!)

2012年8月1日(水)
京扇子について 大西京扇堂さんに聞く

本日は、京扇子について、大西京扇堂さんに話を聞いた。
京扇堂さんは当代で9代目だそうで、やはり江戸時代からの創業である。
もう人生の半分京都に居るので、あまり驚かなくなった。
京都では三代続いたくらいでは老舗とは言わない。お江戸は、お江戸の歴史自体がそれほど古くないこともあり、100年(ちょうど三代くらい)続くと老舗と呼ばれることになるのだろう。
長く続いたという歴史的事実は、その間、絶やさずに家業を貫いてきた先祖代々の並々ならぬ努力の上に、時代ごとに苦労を乗り越えてきた、その全ての集大成があってということであろう。
なお、たまたまそういう話になっただけで、老舗を語るのに、このお店が特にふさわしいという訳ではない。
多分このシリーズを続けていくと、もっと強烈な歴史の職人にも遭遇するかもしれないので。
話を本題に戻そう。扇子について、どのような知識をお持ちであろうか。
私は茶道を習っていた関係で、いわゆる結界として使用する扇子、つまり開いて仰がない扇子の存在を知っているだけ、また芸能ごとで用いる扇子の存在を知っているだけ、一般の人よりもちょっとだけ知識が上だと思っていた。
しかし、そんなものは勘違いであることを痛感させられた。
舞扇をご存じだろうか。伝統芸能で用いる扇子、きらびやかな絵が描いてあって、扇子の軸が少なく、折り目が大きいもので、これはこれで全て共通だと思っていた。
所詮私の知識なんてその程度。
日本舞踊と能や狂言に用いる扇子は、全部別だそうである。大きさも違う。
何より、同じ能の中でも仕手と仕舞が持つ扇子すら違う。それも見て分からない微妙な大きさの違いなどではなく、明らかに違うのである。形状が違う。
そんなことすらも知らず、自分の不見識を恥じるばかりであったが、実はそれすらも生ぬるかった。
扇子の歴史をご存じだろうか。元々扇子は仰いで風を興し、涼を得るためのものではない。
芸能のためのものですらない。元々は、記録用の媒体である。今風に言えばDVD?
無論、収納できる情報量は格段に少ないが、扇子の興りは木簡がその起源だそうである。
木簡に歴史や要件などを記録していくにあたり、多くの記録をするために、木片は薄く、しかも口述する人のスピードに合わせるために、1枚1枚木片を差し替える暇はない。
そこで、手元からトランプのように広げ、1枚の大きな面にして、そこに文字を書き込んでいった。扇子が木簡の束を起源とし、手元から放射線状に広がる形状をしているのは、それが上記の目的に対し、手段として合理的だったからである。
これが後世になると、折りたたんでコンパクトに懐中でき、広げて大きな面にして仰ぐと団扇と同じようとになるのである。これが今私たちがもっぱら真っ先にイメージする扇子の使い方となっている。
しかしながら平安貴族が扇子に和歌を書いて相互に詠み合う、あれが元々の用法であったことを知って、とても驚きである。
京扇堂さんでは、店内の接客の状況にもよるが、混雑していなければ、こうした興味深い話を聞かせてもらえる。
上の写真は、大西氏の作業場である。無論そこで最初の工程から扇子を完成させるまで、ずっとそこに居るわけでも、その工程全部が、店内で行われている訳でもない。
扇子というのは地紙と扇骨とに分かれる。いずれも職人が居る。地紙に至っては、絵付師から現在は印刷まで幅広く扇子の絵を描く工程がある。
今でも、お気に入りの作家に自分が愛用する扇子の絵を描いてもらおうというのは粋な贅沢であろう。
昔はそうした粋な贅沢が文化としてあったので、扇子に今では高名となった画家の絵が描かれていることがあり、後世には逆に、その地紙を外して軸装あるいは額装などして、絵画として保存されていることもある。
写真の作業場では、別々に制作された扇骨と地紙をのり付けし、完成させる最終工程が行われる。時々、店の奥でその作業を行っている同氏の姿を見かけることもある。
ただ、どの職人にも言えることだが、接客は、本来女将であったり、従業員の仕事であり、サービス業であるため、客の質問にはできるだけ答えようとする姿勢と気持ちはあっても、集中して仕事をしているのを邪魔するのは無粋である。客の方で、そのような心遣いが出来るようでありたいと思う。
このことは、当然、先の御所人形の島田氏にも畳制作の佐竹氏にも当てはまることである。気をつけたい。
私も当然、お話を聞かせてもらって良いですかと尋ね、接客に追われない時間帯を選んでお話を聞いている。

Today,I'm introducing "Kyo-Sense"(for pronunciation,usually lettered as "sensu").That means a folding fan.The word"Kyo"represents Kyoto.
Sometimes those artistic crafts with long time history has name Kyo in its top.
Do you Know its origin?
I thought I know a lot about this folding fan since I have studied Tea Ceremony for many years and quite familiar with japanese old tradition.
But I was wrong.I hardly knew about this art.
Inspite of its english name "fan".Its original use is not for making wind and cool your face or body,nor making a border(this kind of thought is very japanese and very difficult to explain because appropriate word doesn't exist in english.).
It is a letter or should I say notebook to write down history,biography,or autography.
In thousands of years ago,long time before Paper was invented,People wrote down letters on sliced wood.
there is a person like secretary to write his or her boss' words.
Sometimes those words are too long to write down on one piece of wood.
So he must have several pieces at once.But his boss did not speak slowly so that he can change piece when he finished one piece.Imagine what he would dohe must have hold several pieces tight at near side and slide them like cards and spread surfaces so that he could write down continuously
That style became fan up to now.

Today we are using "sensu"(or "sense")as a fan to make wind.
there are many kinds for those use.Even though you can find those of japanese folding fan or should I say Kyoto folding fan at souvenir shop in Kyoto,it is much more fun to make choice with expert's advice.
If you have time when you visit Kyoto.His shop is located at very convinient place.It's called "Kawaramachi Sanjo.


2012年7月30日(月)
祇園祭

7月1日から一ヶ月続いた祇園祭も、終焉を迎えました。京都が一番熱気に包まれる1ヶ月です。
まあ、確かに京都の夏は暑いですけどね。そういう文字通りの意味以外にも、人々を駆り立てる空気があります。
祇園祭を一番心待ちにしているのは、地元の人たちです。
観光都市京都としては、市外からの観光客を呼び寄せる、重要な観光資源という意味合いはもちろんあるでしょうが、自分たちが楽しんでしまうことの方が重要であるかのように、地元の人たちを見ていると思います。
私は、大学からは京都ですが、生粋の京都人ではないので、祇園祭に掛ける地元の人の意気込みには遠く及ばないところがありますが、知人にお祭りを支える地元の人が何人もいるので、祇園祭の話を楽しく聞かせていただいてます。

写真は、7月16日の宵山の日の写真です。闇の中に浮かび上がる祇園祭の鉾の提灯
自宅から歩いて何分もかからない鈴鹿山の提灯です。

二つ目の写真は確か船鉾だったと思うのですが、いかんせん、祇園祭に命をかけているかのような人たちが見ているのでうかつなことを言うと、すごい勢いでクレームが来そうなので。
多分ということにしておきます。
遠方から京都に来た知人たちと一緒に宵山へ繰り出しました。
この辺は、観光客と行動は一緒です。

山鉾は四条烏丸周辺に集まってますので、距離はたいしたことはないのですが、なんせ、一年で一番京都の人口がふくれあがる日ですので、人の波に逆らって歩くことなどできません。
車両の通行禁止なのに、車道が歩行者のための一方通行になったりしますしね。

ライトアップされた山鉾はそれぞれに町の人たちの誇りだったりします。

Have you ever heard "Gion Festival"? As the word says,it's festival.
It is one of three biggest festival both in Kyoto and Japan.
If you say three biggest in"Kyoto",other two are "Aoi festival"and"Ji dai festival".If you say three in Japan, sorry I don't know other two.
Gion matsuri(or Gion fesitval)is held from July 1st to end of july.
For the most of local residents,the festival starts from July 1st,but for the tourist,not so interesting until july 14th eve,which is called "yoiyoiyoiyama"when Yamaboko(or a float for festival) is built along the street so that tourist can see, or even ride on some of them.
So far you must have one question "what if for most of local residents,the festival starts on july 1st, when does it starts for the rest ?
The answer is, for some enthusiasts,the festival starts when "last year's festival ended".
If you have not visited Kyoto ,not a once or during the festival season,I strongly recommend to visit Kyoto this season,especially July 16th eve to 17th,which is main event for the festival.You can see,feel and dive into the air people so excited, and the air could be the same in 1000years ago too.
Yes,this festival has been held over 1000 years exept during the war.
We must thank for living in peaseful world and enjoy the fete and we are pleased to share happiness and joy with you.

The pictures attached are taken on July 16th,the night before proceeding around pulling those fete cars or floats.specificlly said,the picture above is a float(without wheels),called "yama"and the one below is fete cars(two wheels besides).,called"hoko",and together we say"yamaboko".
they are illuminated and very fantastic especially in the dark.
You must have seen it.

2012年7月10日(火)
京畳について佐竹真彰氏に聞く

畳がい草と呼ばれる草を編んで作る敷物を土台の部分に縫いつけて、住宅の床に敷くものであることはご存じの方も多いと思うが、私の認識もその程度のものであった。
しかしながら、共通の知人を介して、京都の堺町御門の前で江戸時代から畳製造業を営んでいる佐竹氏の知己を得ることができ、畳について、いろいろと教えてもらうことが出来た。
写真はその佐竹氏の店舗に見本として置いてある畳の値段である。
下は1万7000円から最上級のものは17万円まで存在する。
実に10倍の値段の開きがある。
無論、それぞれの値段にはそれぞれの意味がある。
機械ではなく人の手による畳製造は、もちろんコストという意味ではお金の掛かるものである。
しかし、その違いの説明は紳士服の仕立てに似ている。
人の手による畳製造の利点は、その柔らかさにある。
何がすごいって、い草にも畑ごとに日照の時間、同じような環境に見えて、い草の堅さに違いがある。
い草を編んで畳表にする職人は、乾燥されたい草の強度を持った瞬間に体が覚えていて、そのい草の強度にあった縦糸の締め付けを瞬時に選択するそうである。
紳士服の熟練した職人は、服の生地の柔らかさに合わせて、縫い糸の締め付けを調整し、生地と同じ着心地を演出するのだという。この体得するということに、その人生を掛ける職人の生き様を、畳表というものに見ることができる。
御所の南門、堺町御門の真正面に今回お話をお伺いした佐竹氏の菱屋畳店はある。御所を観光地とする人、清水寺から金閣寺に行こうとする人は道中なので、時間があれば立ち寄ってみてはどうだろうか。
京の町に息づいた伝統産業の奥深さの一端を知ることができる。
氏の店に並んだ畳表も値段の開きが3倍くらいある。
しかし、素人目にも、なんとなく違いが分かるのである。この見た目の違い以上に、大きな違いは、使い続けてくると分かるそうである。
見た目が一本の直線のように見える畳表は素材であるい草の強度が強いために、縦糸を直線的に締めていくことができる。い草を同じ箇所で止めることができるというのは、見た目の美しさ以上にい草自身の強度があることを意味しており、結果、長持ちするのである。
そして畳というのは使い続けてこそ味の出る物で、安い畳表では、味が出る前に、畳表自体がすれて、取り替えを余儀なくされるとのことである。
つまり、ある程度までなら、高い畳表の方がかえって割安になるということである。
無論、一定の基準を超えると、そこから先は、強度以外の部分に価値を求めることになるが、率直に用途を告げて、助言を求めてほしいと佐竹氏は言う。
何が何でも高い物、何が何でも安い物ではなく、用途に応じた畳の選び方があって良いと氏は言う。
何より、氏は畳表の話をすると止まらなくなる。畑ごとに同じ農家が植えても、い草の品質は異なる。栽培年度によっても、同じ畑でい草の出来は異なる。
自然を相手にするということからすれば当たり前であるが、そんなことを意識しながら、畳表を見る、縦糸の波打ち方一つにも意味があることを知って見る畳はまた違った見え方がする。
その畳表に一生を掛けている人がいる。ワインなら、何年のワインが良い、どこの畑が良いという会話を普通にするのであれば、同じ事は全ての農作物について言えるということを知り、畳もまた、農作物であり、かつ工業品であるということを意識すれば、違った見方も出来るようになる。

Do you know anything about Tatami(japanese straw mat)?
Today I'm introducing this japanese carpet or straw mat and craftman who dedicates his entire life to Tatami.
Tatami, roughly speaking,consists of two parts its surface called "tatami-omote"and its foudation part.Craftsman sew Tatami-omote onto its foundation and they together become one tatami, floor covering.That's all knowledge I had before I made acquintance with Mr Satake,craftsman of making tatami.
According to Mr Satake,difference of price has meaning. For example,in his shop there is a sample of tatami about 10,000yen(per piece)and also the one costs 170,000yen(per piece).From the lowest cost to the one up to around 40,000yen tatami, the difference almost comes from its quarity,He says if you put them on the floor where you spend most of the day,you should choose the one with higher price.It might seem odd.But even price doubles,it lasts longer,more than two times long comparing to those of half prices.So in long term the one with higher price is much reasonable at last.Of course the one with the higest price you have to find its value in something else, like it has been made by craftman's own hand.
You can see craftman's proffesionality,the one dedicated his life to make tatami.In its surface"tatami-omote",there are seams of tatami-omote gathering "Igusa" kind of weeds for materials,and making them tight.those seams must be sticked tight but it depends on how strong those "Igusa"are.The craftman finds out its best strength without knowingly nor measuring.His own hands, as soon as he holds Igusa,finds out its strength by experience.
"Igusas are never same even same farmer makes in same fields",he says.Because they are living. We are facing the nature.Weathers are different every year."Igusa",which is plant, are influenced from circumstance.
It is like the relationship between wine and vintage.Just like every year wine of same vinyard tastes different,tatami-omote is defferent every year too.
To the tourist from overseas,if you have chance to stay tatami-room in your hotel,you shold be barefooted and feel tatami-omte directly on your sole.You might understand why Japanese love tatami.

菱屋畳様のHPはこちら(for his HP press here!)

2012年7月8日(日)
御所人形の島田耕園氏に聞く

京都の文化と工芸について、広く、国内外を問わずに紹介したい。
最初となる今回は、二年坂で御所人形を先祖代々有職として作り続ける島田耕園氏に話を聞いた。島田氏は本業とは関係なく、グルメの方で意気投合して、友人になったいきさつで、以来、最初の挨拶は、「最近美味しい店見つけた?」というものである。
そんなことはともかく、御所人形についていろいろと聞いてみた。
最初の写真は島田氏の作業場で、写真の中に本人はいない。
アポを取らない私も悪いが、作務衣で仕事してない同人の作業風景は、なんとなく有職のイメージにそぐわない気がした。
私の事務所にも氏の作が一体ある。天神さんをモデルにした人形で、学問の神様が職務上ふさわしいと思ったから・・・というと聞こえは良いが、実は氏の個展で、知らずに、人形をわしづかみにしてしまい、そのまま買取になったというのが真相である。
でも、学問の神様と知らずに手にとってそのまま買取になるのだから、縁があるのだろう。

さて、肝心の御所人形であるが、写真の2枚目は、とても愛くるしい、ひな人形一対である。
二頭身の人形は見ているだけでなんだかほほえんでしまう。
今の時代にとても重要な「癒し」の効果がある。
しかしながら、この愛くるしい人形一体に費やされる職人の時間と労力は計り知れない。
まず、素材も聞かないと分からないだろうが、呉粉と陶胎で出来ている。
何のことかさっぱり分からないと思うが、心配要らない。
私にも分かっていない(笑)。
呉粉というのは貝殻の粉で出来ている。これと膠(ニカワ)を混ぜて陶器で作った下地の上に塗り重ねて人形の形を作り、そこに顔や衣服を書き込んで一体の人形が出来るのである。

一体の人形を制作するのに費やされる時間はそれこそ甚大である。
細かい技術と緻密な作業の集大成が、一体の人形にある。
この愛くるしさと上品さの裏に、先祖代々の家業と伝統を引き継ぐ、一職人の魂を感じ取って欲しい。
二年坂は、清水寺と八坂神社を結ぶルート上にある。観光の合間に立ち寄れる絶好のロケーションである。
せっかく京都を訪れるのであれば、是非とも、触れて欲しい芸術である。

堅苦しいことは抜きにしても、京都中の美味しいものを知り尽くしているおっさん(怒るかな?笑)でもあるので、観光途中で立ち寄り、御所人形の話ついでに、お昼ご飯のヒントなどもらってみてはどうだろうか?

From here,I try to explain what I wrote above.In this dairy style pages,I introduce culture of Kyoto,of Japan,such as craft,cooking,with people who contribute.
Start from 8th July 2012.
Today,I visited my friend in Ninenzaka located Higashiyama(means east hill)in Kyoto.He works as doll maker.Doll called"Gosho-Ningyo".
As the name says"Gosho"which means imperial palace,it is thought to come from property of imperial family.Therefore even though he is 5th counting from his first ancestor who first started to make dolls as family business,and still amazing that he cereblated 150th anniversary, the tradition of Gosho-ningyo lasts over 1000 years.He contributes to keep that traditional methods of making doll.
Do you know what this doll is made of?
According to him,there are several ways to make dolls.And among them He and his ancestor chose traditonal way that is using porcelain cray to form the doll and layer "gofun"(It's hard to explain by its name because same thing don't exist in English speaking country,but it is white powder made of oyster or clam shell) over and over that cray doll,and draw dolls face and clothes by colored painting.
Do you know how long it takes to finish making one doll? It depends on how doll is big.But still beyond one's guess.it takes tremendously long time. it is tremendous not only because of time he makes one doll but because behind the doll lies history og traditional doll making over 1000 years.Take it this way.What you are looking at is exactly same as what people 100years ago were looking at.That is culture,honorble history of ours.
When you visit Japan, Kyoto.I would like you to visit him.
His factory is located at very convenient place.It's located between Kiyomizu temple and Yasaka shrine which are two of most famous sight-seeing spot in Kyoto and many of tourist make plan to visit either of them.It is most populated area in Kyoto because of that reason.
Besides that,he knows much about good restaurant information.It is worth to stop by just to get that information.But I 'm sorry,he doesn't speak English.You better learn Japanese if you want to get secret information about which restaurant is good,but about his work,you don't need word. Art does not require language,and you will agree my word when you see the real one,real art.

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